動乱の時代、そしてメンバーの私的な理由でたびたびバンド活動を休止をせざるを得なかったコペリウス。その私的な事情の数例を挙げるとすればまず初めにマックス・コペラの名前が浮かぶ。リフレッシュメントドリンク製造を名目に化学実験にとことん没頭してしまった彼は、ついにクラリネットの演奏ができなくなるまで体の容態が悪化してしまったといわれている。またジシー・フォスはコントラバスの過度の練習によりその弦が指の骨まで達してしまったため、主治医より楽器の演奏を禁じられてしまったのである。また陰謀によりコンテ・カスパルがパリ国立オペラより追放されてしまった当時オリンピアという美しい一女性に恋をしてしまったリンドルフ伯爵は、まるで演奏どころではなくなってしまったという一例も記録されている。そしてバンド活動休止は皮肉にも人々のコンサートへの渇望をさらに拡大させてしまったのである。



